(16.04.10) 葉桜の東京

【1】

2016年4月10日から4月12日まではおよそ1年ぶりに東京を訪れた。
その理由はあまり強いものではなかったけど、今年の3月に東日本大震災から5年を迎え、
当時を振り返ったテキストを書いているうちに、
何だか現地でも振り返ってみたくなったためである。

それから後述する理由もあるが、
今回は殆ど何処にも立ち寄らずに好きなところを歩いてみようと思った。
結果的には殆ど歩く場所は変わらなかったが。

10日は早朝に札幌の自宅を出て、
新千歳から航空機に乗って窓の外を撮りつつ1時間半ほどで成田空港まで。
もう散っていたかと思っていた桜も成田ではまだまだ咲いている。
ここに降り立ったのは2度目だが、新しいLCC専用ターミナルを利用したのは初めて。
巨大な倉庫のような簡素な造りのビル内には、
陸上競技場のトラックのような誘導が伸びている(実際同じ素材らしい)。
このターミナルから1キロ弱離れている空港第2ビル駅へは向かわず、
比較的近いバスターミナルから高速バスで東京駅まで向かうことにする。

幸いにも最前列の座席に座ることができて、車窓を楽しみながら、
新空港自動車道・東関東自動車道・首都高速9号・6号と経て、
日本橋の上を通過してすぐの呉服橋ランプで降りると、すぐに八重洲口。
所要時間はちょうど1時間で、確実に座ることもできるので、
場合にもよるが電車よりもいいかもしれない。

八重洲付近の桜並木は既に葉桜になりかけていた。
葉桜になってから花見をするのは初めてのことである。
とりあえずバス降車場近くにある立ち食いそば屋に入ってから、東京駅丸の内口へ。

更にもう少し歩いて、二重橋前駅から千代田線に乗って最初の目的地である乃木坂駅まで。
乃木神社など付近を少し撮り歩いてから、
乃木坂駅に戻って構内で行われている乃木坂46のパネル展を見る。
この日が最終日だったので私を含む多くのファンで賑わっている。
というわけで「聖地巡礼」が終わったので、あとの日程は適当なところを適当に歩きまわることにする
(ある企画のロケハンという側面もあったが)。

乃木坂から地下鉄で渋谷まで出る。
銀座線の駅は移設工事の準備が進んでいて趣が変わっている。
地下鉄を降りると、東横線ホームの解体がかなり進んでいたり、
渋谷ヒカリエが建っていたりで、自分が知っていた渋谷ではなくなっている。
これから数年かけて渋谷駅は全く違う姿になるという。

とはいえ、のんべい横丁やハチ公口などは昔のまま。
日曜日の夕方だったので大変多くの人で混み合っている。
人に押し流されるように道玄坂方面へ。
東急百貨店の向かいにあるカメラのキタムラで業務用フィルムが安く出ていたので何本か購入(結局札幌から持ってきた分で足りたが)。
そう、今回は久しぶりに35mmフィルムも持ってきていて、
かつてのメインカメラだったEOS 1Nを使ったのは実に8年ぶりだった。

渋谷の坂を登ったり、降りたりと色々歩こうとも思っていたが、
あまりの人の多さにすっかりくたびれてしまって渋谷駅に戻る。
もう少し元気があれば渋谷川を見たり、代々木方面まで歩こうとも思っていたのだが、
ちょっと難しそう。

東京にいた頃は雑踏にもそんなにくたびれなかったけど、
思えばこうした環境でしばらく歩いていなかった。
通りにある植木や花壇からはドブのような耐え難い匂いがする。

渋谷から山手線で新宿まで。
新宿駅南口に出来た日本最大にして最新のバスターミナル「バスタ新宿」を見に行く。
駅ビル自体が新しく建て替わっていて、
南口も全く違う印象の街にもなっていた。
「バスタ新宿」は新宿駅周辺に多数あった高速バスの乗降場を集約したものになっていて、券売カウンターや乗降場はちょっとした空港のようなものにも見える。
しかし、最新のターミナルなのに次々と発着するバスや、
日本の各地を行き来する人々を見ていると、
やっぱりなんとも言えない旅情があって、
高速バスらしさは全く変わっていないと思った。
バスターミナルはビルの4階にあるが、
更に上階にあるビルの屋上庭園や農園から、
バスターミナルや西新宿の街並みを見ているところで日没時刻を迎える。

これから、東京都庁で街を見下そうとも思っていたが、
やっぱりくたびれたままだったので、
この日はもう終わりにしてJRを乗り継いで南千住の安ホテルまで。
昨年も泊まったところで、いずれ定宿になるかもしれない。

その日の夕食はホテル近くのサイゼリアへ。
地元の人達でなかなか混んでいる。
わびしい気もしないでもないが、安く飲めるし、
ある程度長居ができるので、なかなか便利ではある。

 


【2】

2日目の朝は曇り空で始まる。
寒気の影響で気温も札幌とあまり変わらなくて肌寒い。
晴れ間が見えることを期待して歩き始めよう。
ホテル近くの泪橋バス停から東神田行きの都バスに乗る。
南千住のバス営業所が近いので結構な本数のバスがある。
バスからは南千住(山谷)らしく労務者たちが集まっているのが見える。
浅草や蔵前などを経て終点のひとつ前の浅草橋で降りる。

まずは浅草橋の上から神田川河口に集まる屋形船を撮る。
太陽も少し出てきた。
浅草橋ではそれだけを撮ると、すぐに地下鉄に乗って2つ先の人形町まで。
かつて仕事をしていた会社のあった最寄り駅で、当時と同じルートで歩いてみた。
街並みは殆ど変わっていなかったが、
昭和通を越えて室町に出ると再開発で高層ビルが建ち並ぶ新しい街になっていた。
とはいえ、三井本館や三越日本橋本店や、 路地裏のいくつかのビルは昔と変わっていなかったが。

日本橋を越えて高島屋の付近も再開発の真っ最中。
この後に訪れる銀座もそうだったし、 東京だけは相変わらず景気が良いようだ。
日本橋を東に進んで八丁堀や新川のあたりまで来ると人通りも少なくなってくる。
霊岸島潮位観測所のあたりで正午を迎える。

隅田川を眺めつつ昼食はどうしようかなと思いながら、 中央大橋を渡って佃まで。
佃といえばタワーマンションの先駆けのようなビル群と、
江戸時代から続く町並みがうまく調和しているような気がする。
掘割には散った桜が漂っていて、
近くの小学校からは集団下校の新1年生が出てきた。

そのまま月島に出て路地を細かく撮り歩く。
月島の路地は埋立地にあるので全体として直線的で、
大正や昭和戦前の建物が残っている所も多い。
また狭い路地にそれぞれの家が大きな植木などを出していて、
まるで庭園のようにも見える非常に魅力的な場所ばかりである。
後ろ髪を引かれつつも時間がいくらあっても足りない気がしたので、
運河を超えて晴海にある複合施設のトリトンスクエアまで。
そこで遅い昼食にして、再び歩き始める。

晴海大橋の上に立つと、レインボーブリッジが正面に見える。
海風のせいなのかそれなりに肌寒く感じる。
周囲には5年前にはあまり見られなかったタワーマンションが随分と増えている。
それなのに周囲を歩く人の姿はほとんどない。
なんだか物凄く郊外を歩いている気もしてくる。
この辺まで来るとさすがに歩き疲れてきたので、
橋を渡って新豊洲駅からゆりかもめに乗る。

車両先端の席から見える埋立地の荒涼とした風景は相変わらず好きだが、
この辺もオリンピックに関わる開発でだいぶ変わっていくのだろう。
そのまま新橋まで乗り通そうとも思っていたが、
有明埠頭に停まる大きな貨物船が目についたので青海駅で降りて、 しばらく海を眺める。駅すぐ近くにあるショッピングセンターなどお台場の観光地に立ち寄る。
あたりはアジアや欧米からの観光客ばかりで、
ゆりかもめの車内も日本人の方が少数派だった。

周囲の無国籍的な景観も手伝って外国にいるような気分にもなってくる。
終点の新橋で降りて、銀座をブラブラ。
銀座も仕事の関係で時折訪れていたが、ここを歩くのも5年ぶり。
やはり観光客で溢れている。
銀座で日没を迎えたが、いよいよ寒くなってきたので、近くのGUでジャケットを買う。
これで札幌と変わらない服装になってしまった。
もっともこの日の札幌は更に寒くて雪が降っていたようだが。
銀座から地下鉄に乗って末広町駅まで。
駅近くにある「3331 Arts Chiyoda」に立ち寄って写真展などを見る。
この施設は区立中学校を利用したアートセンターで、
学校時代の雰囲気も色濃く残っている。

すっかり日も落ちたが、アートセンターを出てそのまま上野方面へ。
上野駅は駅ビルがリニューアルされたり新しくなった部分もあるが、
相変わらず浮浪者がたくさんいたりで、
上野駅らしい盛り場の雰囲気は相変わらずだった。
上野から日比谷線で南千住まで。
すっかり歩き疲れたが、この日も結局サイゼリア。
相変わらず寒くて東京での冬を思い出させる一日だった。

 

【3】

最終日12日の朝も肌寒かった。
この日は前回と同じく、墨田区・葛飾区のかつてよく歩いたエリアを、
改めて細かく歩いてみようと思った。
9:00頃、南千住のホテルをチェックアウトして日比谷線で1駅で北千住。
ラッシュは過ぎたが店舗はまだ開かないという、
ちょっと人通りの少ないエアポケットのような時間帯。
まずは駅の南側に続く繁華街から撮り始めようと思ったが、
フィルムカメラの調子が悪くてしばし停滞。
どうやら電力系統に異常があるようで、
しばらく接点などいじっているうちに何とか動き出したが、
ずっと不安を抱えたままの撮影となった。
もちろんメインはデジタルになっているのだが、
久しぶりに動かしたカメラだったからちゃんと整備すべきだった。

北千住駅の大踏切を越えて、桜並木に誘われるように東へ進む。
このまま進めばすぐに荒川河川敷だが、そう簡単には進めず、
学園東通り商店街や、柳原千種通りなど、
味のある路地が途中で待っていて不規則な街路をしばらく歩きまわる。
しかし、どんな細い道でも必ず人の姿があるのは、何とも東京らしい。
札幌を含む地方では人っ子一人いない通りというのはザラなのだから。

荒川河川敷に出て京成本線の荒川橋梁や、首都高速堀切ジャンクション、
そして東武線の堀切駅などを撮る。
ここもいつものことで、正直そこまでの写真も撮れないのだが、
やはり東京で一番好きな場所の一つであることは変わらない。

堀切駅のそばにある隅田川を越えると墨田区に入る。
住所表示は「墨田」だがこの辺は鐘ヶ淵と呼ばれるエリア。
今もこの地にあるカネボウの社名の由来にもなっている(鐘淵紡績)。
墨堤通りを南に進むと、都営白鬚アパートが壁のように数百メートル続いている。
これはこの地域で懸念される大火災のための巨大な防火壁の役割を果たしていて、
壁には放水銃などが備えられるなど防災拠点となっているらしい。

再び墨堤通りの東側へ移ると、
確かに火災があれば大変なことになりそうな曲がりくねった道が続いている。
また、隅田川と荒川という2つの河川に挟まれた低地となっているので、
水害のリスクも高いだろうなということも容易に想像できる。
しかし見方を変えると「手のつけられない」土地だからこそ、
古くからの街並みが残り続けているとも言える。
そんな迷路のような街に身を任せながら現在は東向島と呼ばれるエリアを歩く。
昭和33年までは「玉ノ井」の私娼窟があったあたりで、
最近では少なくなったと言われるが、
当時の雰囲気を感じさせる「カフェ―建築」様式の建物がいくつか残っている。

向島百花園の手前の公園で少し休んでから、
更に南に進んで「鳩の街商店街」を歩く。
古くからの建物が続く細くて長い商店街だがここも私娼窟がルーツだという。
学校が終わった小中学生がぽつりぽつりと歩いている。
ここまで来るとスカイツリーも目前で、
時間が止まったような街並みを歩いていたのに、
急に現在に引き戻されてしまったような感覚になる。
曳舟駅の周囲は再開発がほとんど終わっていて、
ショッピングセンターやタワーマンションなど、
紛れもない2010年代の街並みだ。
自分が毎日乗っていた当時は工事中だった、京成押上線の高架化事業も終わっていて、
路面電車の停留所のようだった京成曳舟駅の仮駅舎も、立派な高架の駅舎になっていた。

京成曳舟駅から電車に乗って3駅で京成立石駅。
前回は時間の関係で駅の周辺しか撮り歩くことができなかったので、
改めてかつて住んでいた街をじっくり歩いてみたいと思った。
とはいっても今回も行程の最後にしてしまったのでそこまで時間は取れなかった。

その前に遅い昼食にする。気付けばもう16:00前になっている。
たまに行っていたインドカレー屋にしようとも思ったが、
この中途半端な時間ではさすがにやっていないので、
駅近くのラーメン店日高屋で済ませる。
ここも深夜までやっていたので重宝した。

さて、ようやく駅から歩き始める。
ちょうど学校が終わった時間のようで高校生がたくさん歩いている。
思えば駅近くを歩くのも平日は朝か深夜だけだったので、
近くに都立高校があったことも、買物客で賑わう商店街の様子も知らなくて、
初めて歩いた街のような感覚もする。

また、最近では結構有名になったが、立石駅付近に数件ある立ち飲み屋も、
昼から賑わっている様子もあまり見たことがなかった。
土日のずっと行列が続いている様子は見たことがあったが。
もう少し長くこの街で生活することがあれば、色々な楽しみ方もあったのだろうが、
もっとも働き方とかその他の要素に強く影響されてしまうのだろう。

駅前の奥戸街道から南は「東立石」という住所表示になり、
住宅のほか町工場もいくつか残っている。
戦前は農地だったようで、町割りは碁盤の目になっているところが多い。
東立石に大きな変化は無いようにも思われたが、
新しくスーパーマーケットやドラッグストアができていたり、
港湾などにある大型クレーンの教習所が移転していたりと、若干の変化もある。
かつて住んでいたマンションはいわくつき物件になっていたが、見た目に大きな変化は無し。

平和橋通りを西に越えると住所表示は「東四つ木」に変わる。
ここから荒川河川敷までの道もよく歩いたルートだ。
桜がまだ残っている公園は多くの子どもで賑わっている。
地図を見ると川端小・渋江小・木根川小と狭いエリアに随分と集中している。
札幌にもそういう場所があるといえばあるが。

最後はいつものように荒川河川敷の木根川橋の近くに出る。
空は雲が薄くかかっていて、綺麗な日没は見られないようだ。
川に出たせいか風が強くて肌寒い。
近くのサッカー場では高校のサッカー部らしき人たちが練習をしている。
いつものようにこの辺で正面に立つスカイツリーや、荒川を渡る京成電車などを眺める。
結局いつものようなコースで旅を終えることになったが、
もし次に東京を訪れることがあればどのようになるだろうか。

日が暮れたあたりで四ツ木駅に辿り着き、 そこから電車を乗り継いで成田空港まで。
時間に余裕を持ったつもりだったが、
空港第2ビル駅からLCCターミナルまでの1キロ弱の通路が思っていたよりも遠くて、
結局搭乗開始時間の少し前に到着することになった。

すっかりくたびれていたが、
新千歳まで向かう機内では隣の列の乳児が1時間半ずっと泣き続けていて、
あまり眠ることもできなかったが、これは運が悪いとしか言いようが無い。

空港から外へ出るとやっぱり寒いのだが、 東京との温度差はあまり感じられなかった。