(14.01.13)
写真に限ったことじゃないかもしれないけど、少なくとも自分でやっていることだけでいうと、
「オリジナルなど存在しない」と日々考えています。
今日撮った写真はおそらく過去に誰かがどこかでやっていたことで、要は複製でしかないと。
「自己模倣」ということもあったりして。
もちろん、底本はひとつじゃなくて、誰のものなのか、いつのものなのか、その配合は無数にあって、 もしかしたらそれを「オリジナル」と言えるのかもしれないけど。
古いものが無条件に良いわけでもなく(勿論時間の経過だけでも価値あるものだけど)、 「これは新機軸」と思っても、とっくの昔に誰かがやっていたものであったり。
とりあえず出来るだけ多くのパターンをインプットして、自分が今どこにいるのかマッピングしていく。
分母を出来るだけ大きくして、相対的に分子の割合を小さくしていく。
そうならないと、なかなか自分の写真で威張ることもできないし、
できれば自分も「分母」の一つになればいいな、とも。
というわけで、大瀧詠一師匠の「分母分子論」を自分なりに解釈。

(14.02.14)
あれこれとGoogleマップとストリートビューで調べ物。
どこまでも等価で平準で匿名性があってという写真の原初的な機能がある、
ストリートビューがある意味で自分が範とする写真の究極の姿かなと思うこともあったり。 北海道開拓初期の田本研造の時代にあったら非常に仕事がはかどっただろうな…。
プライバシーや光学的な問題などクリアされると、 記録という面ではいよいよ自分で撮ることの意味も考えてしまうのですが、
まあ、それでも撮りたければ撮るだけの話。
しかし「いい写真」が結構紛れてて、いつまでもピン人形を動かしてしまうのです。

(14.02.20)
いつ止むとも知れない吹雪を眺めながら泡盛を傾けるのも一興。
昨年の2月20日は初めての沖縄に1週間ほど滞在していました。
大変気に入って、今年も行きたいと思っていたのですが、
個展その他の都合で叶わず。

自分は意外にも外に出たがらないほうで、
沖縄旅行も友人に半ば強引に誘われたような格好なのですが、
せっかくなので理想とする旅をしようかと。

それは、あたかもその街の住人のように振る舞うということ。
実際にそこに暮らしているわけではないから、実際どうなのかは分からないけど、
出来るだけその土地の一般的な生活様式に寄せて行動していく。
その時は、築20年ほどの生活感のあるウィークリーマンションに入って
(偶然に札幌の自室のような、もしくは東京で暮らしていた部屋の感じとよく似ていたのですぐに慣れた)、
いつも乗っていた3代目デミオを借りて、
規則正しく時間を決めて沖縄本島各地を撮り歩くという感じで。

もちろん合流した友人と美ら海水族館や首里城なんかを観光したり、名物料理も楽しんだのですが、
そうでない日は、だいたい8時くらいに起きて朝食を作って9時くらいに部屋を出て、
色々な街を撮り歩いて、どこか適当な食堂やコンビニ、もしくは一度部屋に戻って昼食、
また午後から(ほぼ夕方に近かったけど)撮り回って、最後はマンション近くのスーパーで、
見切り品の惣菜(ゴーヤチャンプルやテビチなどの所謂名物も普通にあります)を買ってきて、
適当につまみを料理して、泡盛を飲んで疲れ果てたところで寝るという感じでした。
今思えば、夜の街も少しは撮っておけばよかったし、
どこか適当な店に入ってそれこそ地元の人と接触すべきとも思いますが。

しっかり観光客するのももちろん楽しいのですが(なんせ沖縄は初めてだったし)、
それよりも地元の人のようにラジオ聴きながら朝夕の渋滞に巻き込まれるのも(那覇周辺は本当に渋滞がひどい)、
何とも贅沢な時間の使い方だなと思うのです。

普通の仕事をしていればなかなか長い日数旅行に充てるのも難しいだろうし、
1週間もあれば普通は他に離島や海外でも行っているんでしょうけど、
那覇ひとつ取っても、自分にとっては1週間でやっと全容が少し見えてきたという感じで
(そもそも地元札幌だって何年経っても撮りきったという感じもしていないし)、
出来る事ならもっと居たいという感じがしました。

どうも急ぎ足で色々な街を訪れて、名所的なところや主要な街だけ歩いて、
その街を知った気でいるのは馴染まないし、
それ故2、3日くらいだったらなかなか旅に出たがらないのかもしれません。
もちろん何かのついでに数時間さらっと歩くのも楽しいことではあるんだけど。

とにかく沖縄は自分と相性な良さそうな地域で(今のところ東京東部とトップタイ)、
またいつかじっくり撮ってみたいと思っています。
具体的にはとりあえずコザがまだまだ手薄だし、
那覇の宇栄原団地だとか、豊見城や糸満の街、宜野湾や北谷といった所も。
あとは琉球信仰の聖地・斎場御嶽(せーふぁーうたき)から眺めた、久高島などあげればキリがありません。

今のところ全く予定は無いのだけど、
また機会があってその街の「住人」になれればいいな。

その他詳しい記録などはこちらに。
http://blog.livedoor.jp/ya5u5hi/archives/cat_50034616.html

撮って来た写真はこちらに。
http://blog.livedoor.jp/ya5u5hi/archives/cat_50034617.html
http://blog.livedoor.jp/ya5u5hi/archives/cat_50035331.html


(14.02.26)
昨日今日と、ちょっとした旅行に行けるんじゃないかっていう位の支払いをして
(ニコニコ現金払い。でも増税前で良かった)、
財布もすっからかんになってますが、帰りに立ち寄った本屋で手に取った1冊(いや2冊)。

日本写真史(上下巻)鳥原学著 中公新書

元は大学などの講座のテキストとのことですが、
やはり通史を知らないと話にならないなと思っていて、じっくり読んでみようと思います。そういえば(自分達世代のはずなのに)2000年以降の状況もあまり知らないし。
前にも言ったかもしれないけど、こと写真に関しては(テクノロジー的な面を除けば)、
全ては過去に行われた要素をバラバラにして再構成
(そのパターンは無数なので、それがオリジナル・新機軸といっていいのかもしれませんが)したものだと思っているので、
できるだけコマは知っておかないとなと思うわけです。

とは言え、年末に買った「写真130年史」も読了していないんだけど。


(14.02.27)
ここ数日春のような陽気で、
街に出る事もあったので色々撮り歩きしていましたが、
いつも冬となるとどうしても撮影意欲が失せて、
訳も無く落ち込んだり、そうもしていられないので仕方なく、
作品の整理などしているものです(今年は個展準備があるけど)。

 特に北国の写真家はそういう傾向なのか、
冬になると写真展が多くなるような気がします。
特にこの時期は大学などの卒業展が各地で。

これは個別事案かもしれないけど、
春先はひどく気分が重くて、写真撮る気にもならないんだけど
(その点昨年の沖縄の「転地療法」は大変有効でした)、
それでも無理やり撮った写真を見返すといいカットが多くて、
やはり「にも関わらず」撮るしかないのかな、と思ってます。

スポーツにもシーズンオフはあるから、いいのかなとも思うけど、
ここは北国の人間らしくじっくり「冬越え」をしようかと思います。

http://www.youtube.com/watch?v=MnVU3H4XIfA&feature=youtu.be


(14.04.08)
http://www.digibook.net/d/ee94edbf901e8e90b050f8543cd4806b/…
オリンピック少し前の札幌の街並。
Flickrなどでも時折見かけますが、
個人で持っている貴重な記録の多くは残念ながら埋もれたままになっていて、
こうして公開されているということは大変意義深いことだと思います。
やはり「写真都市」は過去・現在・未来とシームレスに続いていくもので、
また歩き続けていこうと思いを新たにしています。


(14.04.14)
久しぶり、というか今年初めてまとまった距離の街歩きを。
麻生駅の周りを少し歩いてから、東1丁目の旧石狩街道を北18条まで、
何軒か寄って札幌駅・大通まで。

自分は高架化されてからの線路しか知らないはずなんだけど、
どうしても自分の中には壁のようになっていて、
(ケヴィン・リンチがいうところの都市における”Edge”)
線路より北というのはなかなか歩かず、同じ札幌には違いないはずだけど、
いつまでも新鮮な札幌です。

生まれてから現在まで、線路より北側は行動パターンに組まれることがないのですが、
もうちょっとそっち方面の写真も撮っていかないな、と。
明日も北東方面に用事があるけど、生憎の雨の予報…。

(14.04.19)
今日は地下鉄の元町駅から、
東区のいわゆる美香保・光星・鉄東などと呼ばれている街をジグザグ。
サッポロファクトリーで一休みしてからは、一条大橋を渡って菊水へ。
豊平川沿いをしばらく歩いていたけど、偶然のタイミングで豊平の某事務所へ。
再び川沿いへ。

まだ明るいしそのまま真駒内あたりまで歩こうかとも思ったけど、
風が冷たかったので(多分風邪を引いた)幌平橋でギブアップして、中の島駅より帰宅。
というわけでまだまだ寒いけど、豊平川沿いを歩けるようになったら、
ようやく春だなという感じがします。

そういえば、これは音楽の話だけど、
なかなか読み終わらない「大滝詠一 Talks About Niagara」にこんな記述が。

(大滝)「実は筒美京平さんにしろ、バート・バカラックにしろ、ベートーヴェンでもモーツァルトでも、曲の根幹っていうのはだいたい三つか四つなんだよ、分類すれば。あとはそのヴァリエーションでしかない。
 その根幹を四つ見せられるかどうかがポイントなの。四つしか与えられていない、でも、後で他のものが出せるって思う人は大きくなれない。
 今ここで、四つに自分を全部入れて提示できる人っていうのは将来大きくなれる。それが僕の考え方なの。」

自分の写真も数パターンのみ(ワンパターンといってもいい)で構成されていて、その繰り返しでしかないんだけど、
変に考え込まずに、その一定のリズムの組み合わせでもいいのかな、とヒントをもらったような感じがします。
つまるところ「くり返す このポリリズム」ということで。

(14.08.04)今夜は次回作、数日前には次々回作のセレクト作業をしていましたが、
前にも書いたような気がするけど選ぶのが一番難しい。
テーマとか時系列とかでやってはみるんだけど、
あーでもこーでもないと何ヶ月経っても決まらないものです。

撮影はデジタルでやっているから、
データはHDDやDVDやオンラインに残しておけばいいわけですが、
最終的にはプリントにしておかないと「写真」として世代を越えて残っていくことは無いと思っています。
別に残していくほどの価値があるものでもないのですが、やっぱり定期的にポートフォリオなどにはしておきたいわけで。

しかし最終的には枠にはめて機械的に選ぶしかないですね。
完全にマイルールなんだけど、
展示枚数の限度などがある他には、「46メソッド」をというのを用いて選定しています。
といってもアイドルの話ではなくて、現在、標準様式として使っているポートフォリオから、
1冊あたり表紙と裏表紙を除いた46点の写真を、23対見開きにしてしっくりくる写真を選んでいくというもの。

そうなるとクオリティに関係無く選から漏れてお蔵入りとなるものが多数出ますが、
数年後にまた見るとセレクトが変わってきて、再び思い悩むわけです。
その繰り返し。
本当に好きなものは数点に限られてきますけどね。
結局どう悩んでもいいように色々と撮っておくしかないですね。
こればかりは後からではどうにもできないから。


(14.08.10)
いつも同じようなルートで撮り歩いているのですが、
なんというか、どんなに明るく振る舞っていても、
哀しさや切なさみたいなものが垣間見えてくるから、
すすきのという街はどうしても好きですね。

同種の切なさみたいなものは、新宿駅東口と渋谷道玄坂方面にも感じました。
日本橋や銀座はまたそういうのとはちょっとだけ違うんですよね。

というわけでさっそく編集作業。
やっぱりモノクロの方が面白いかな。

(14.08.21)
まさしく「記録」だな。
対して自分の写真は多くの人が喜ぶような風景やポートレートではなく、
全く役に立たない写真だけど、森山さんの背中を遥か数百キロ先でも追いかけているとしたら、
もう少しは頑張れそうな気がします。


(14.10.07)

とある事情で今月はあちこち撮り歩いている地方都市シリーズ。
なんだか70年代北海道における­大道さんのようなだなぁとも思いながら、
とりあえず春までにはまとめられたらと思っています。

時間の流れが滞留していて、昔から変わらないのが地方の面白さであり、
同時に退屈な点でもあるんだけど(なので何度も通う気にならない)、
例えばこういう物件を見つけちゃうと否応なしに高まってくるわけです。

でも、札幌駅に戻ってきて人がどっと出ているのを見て、
ホッとしてしまうのはそれなりに大都市の空気に馴染んでしまった所為でしょうか。


(14.11,01)
唐突に森山大道さんのエピソードでも。
1978年の春、あるツテを頼って白石区東札幌にある製茶会社の社員寮に入った森山さんは、
そこから勤め人のように毎朝規則正しく撮影に出かけて、
その日のうちに帰ってくるという生活を3ヶ月ほど続けていました。

その時に撮影された作品はこの数年でご覧になったという方も多いかと思いますが、
その多くは空知管内や小樽・後志方面の町、
本人曰く、遠くても旭川くらいで、函館や釧路などはさすがに1泊したといいます。
その移動の多くは路線バスで、大通のバスセンターで行き先を決めて、
その町の何となく良さそうなところでフラッと降りられるのが良いとのことでした。

私もこの10月にある機会を得て同じような体験をすることになりました。
毎日というわけには勿論行かなかったけど、札幌を起点にして、
旭川・室蘭・留萌・岩見沢・滝川・余市・夕張を巡りました。
あとは、岩内・砂川・深川・富良野あたりも行きたいと思っていたけど時間切れ。
普段札幌から出ることも無いので、それだけでも新鮮で、
地方独特の撮影のリズム感みたいなものを掴んだような気がします。
たまに札幌を相対化してみるのもいいかなと思います。

この10月に撮ったものの他に、
この数年で札幌以外の地方都市を撮ったものがいくつかあるので、
来年春までにまとめてみたいなと思います。
これまでの作品発表は札幌ばかりで他は不遇だったから、
その辺も何とかしたいものだけど、
こればかりはタイミングとコンセプト次第かな。


(14.11.03)
昨日撮った写真を早速ボチボチ整理。
今夜は雪が少しだけど積もってしまったから、思えば昨日は最後の秋の日でした。

普段やらないことを考えるのはなかなか面白くて、
センチメンタルな気分を反映させたようなものにしようかとあれこれ試行錯誤。
とりあえずネガカラーっぽくしてみたんだけど、
本にする時は採用されるかは分かりません。

というわけで、今回も本というかフォトブックのようなものをつくろうと思っているのですが、
御所望の方がおりましたらご案内します、というなんとなくの市場調査でした。

(14.12.01)
日付を越えたあたりから強くなってきた、
札幌には珍しい「12月の雨の日」そして「12月の旅人」へ。
1年の締めくくりだから当たり前ではあるんだろうけど、
色々考えてしまいますね。

季節性のものだからそこまで悲観はしていないけど、
写真を撮るモチベーション(仕事も一部含む)が大幅に低下するのは実に辛い。


(14.12.07)
そういえば前にも作ってはいるけど、
改めて「メトロのある風景」というのをまとめてみたいと思った。
特に丸ノ内線界隈が好きなんですよね。

そんなわけで「丸の内サディスティック」を聴きながら。
「東京は愛せど、何もない」か。


(14.12.15)
今日もたくさん降りましたね。
冬になると気分が鬱々としてきて(季節性情動障害というそうです)、
それを紛らわせるかのように他の仕事に忙しかったり、
まともに写真を撮っていなかったり、写真展もあまり行かないわで、
写真に関してはクールダウンという感じもあるのだけど、
世界一の積雪量のある大都市に住んでいながら、
それを撮らないというのもよくないとは思っているんですよね。

でも一般的に求められているイメージって、
「雄大な大自然」や「厳しい冬の情景」あたりがテーマになりそうな、
いわゆるネイチャー写真なんですよね。
古くも新しくもない意外と難しい札幌の街並みではないから、
わざわざ本州から移住してきて札幌を撮り続ける酔狂な写真家はいないわけで。
本日はそんな数少ない「酔狂な写真家」の展示を見て、
実に救われた気分にはなったんですけどね。
「冬ってこう撮ればいいんだ」とか教えられることばかり。

とはいえ、どうしてもみんなの喜ぶような写真は撮れなくて、
「そんなイメージは結局、本土による風景の消費・収奪じゃないか」とか
「そんな植民地根性があるから青い池をライトアップするとかいう訳の分からん話になるんだ」とか、
「なんでも『観光』に置き換えればいいと思うな」とか
余計なことも考えたくなってきて、更に陰鬱な気分になるんだけど、
そういうジャンルはおそらく一生相容れないだろうから、
あまり考えても仕方ないですね。

自分は写真に限らず何事もマイノリティということが、
この数日でも次々と明らかになっているので、
これからはマジョリティを無視したり、迷惑かけても別に構わないかなとも思ったり笑。

というわけで先日Instagramにアップした「らしくない」写真でも。
やっぱりこういうのは上手くできないね。

そういいつつも、昨年末から今年初頭にしばらく撮った冬のスナップがあるので、来年からはその辺をご覧いただこうかな、とも。