(13.05.08)

フィルム現像を失敗して最悪のコンディションだが、もう一枚。2001年くらい。
この時期は友人などを撮ったものが多いけど、もっともっと撮っておけば良かったと今になって思う。
自分は暗室で焼けたからまだマシだけど、1本400円くらいのモノクロフィルムや、
カラーフィルムと現像同時プリントで1000円くらいというのは、高校生の小遣いではなかなか大変だったはず。
その点、今の高校生はスマートフォンとかで一眼レフ並みの画質のが何枚でも撮れるので、ガンガン撮ってほしいけど、多少かかってもプリントするのも忘れてほしくないね。
やっぱり紙にしてみんなで回して眺めるが「写真」で、
そうでなければ相当意識しないといずれ消え去ってしまう「画像データ」でしかない。
最近ではクラウドもあるけど、東日本大震災における大津波から最終的に残ったものは(銀塩で)プリントされた「写真」だった。

 

(13.06.09)

撮りたくない、と思い始めたら自分はもう終わりだと思うんだけど、「にも関わらず撮る(森山大道)」しかないですね。

 

(13.06.10)

街を歩くときには、いつも「界隈」というのを意識しています。
特に札幌の場合は「○条○丁目」という表記が多く、即座にイメージできないときがありますが、
必ず「山鼻」や「円山」などといった通称があり、例えば、
「南16条西15丁目」=「西線16条界隈」でも受ける印象が変わってきます。
その街といえば…と連想できることを「イメージアビリティ(イメージされる可能性)」といいますが、
逆に「○条○丁目」でパッと思い浮かぶのが、本当の「札幌っ子」なのかもしれません。

 

(13.07.09)

ようやく「日本写真の1968」の図録をゆっくりと開く。
前史として明治初期の北海道開拓や長崎の原爆投下直後の写真に始まり、
中平卓馬や森山大道らプロヴォーク界隈の新たな表現、傍らに流れる荒木経惟や午腸茂雄らのコンポラ写真、
続いて過激化する学生運動の記録という、時代同様に混沌とした写真たちが続き、
最後に静かな存在感で提示されるのは東松照明の「太陽の鉛筆」。
やっぱり日本写真の「戦後」と「現代」を分けたのはこの「太陽の鉛筆」なのかな、とやや曖昧なことを考えています。沖縄の本土復帰後の1973年発刊というのが引っかかっているせいかもしれませんが。
それとも荒木経惟の「センチメンタルな旅」とも迷うところですが。
音楽の世界と一緒でやっぱり60年代後半のものがいまだに一番の存在感を持っているのかもしれません。

 

(13.07.28)

あれこれ作業しながら昨夜、小一時間ばかり撮り歩いたススキノの写真を見てみた。
多分にアルコールの後押しがあったのだろうけど、
割と軽快でいい感じなスナップになっている(しかも珍しくちゃんとピントもきている)。
思えば、最近は夜の、しかも大勢の人が出ている金曜(しかも花火大会の後だった)のススキノを撮るのは久しぶりで、
やはり札幌の街を撮る事をライフワークにしているのだからこの街を外しちゃいけないと思った。
どこかで飲みながら撮ると更に良し。
個人的には夜の歌舞伎町や銀座よりも面白いと思っているので、最近また路上に戻ってきた客引きに怯まずに定期的に撮りたいと思う。

 

(13.08.02)

夏休みに入りました。
朝晩の地下鉄は空くようになりましたが、
それと入れ替わるように、国内各地・世界各国からの観光客の姿を多く見るようになりました。
昔からの疑問なんだけど、札幌で「観光する」ということはどういうことなんだろう。
確かに夏の爽やかな風やグルメなんかは世界に誇れるものだけど、
その他に遠い国からわざわざ見るべき名所のようなものは?
赤レンガ・時計台、大倉山あたりを見て、小樽や道外各地に流れて行くというのが定石だろうか。
ちょっと涼しい季節に、西創成や山鼻、菊水・豊平辺りを歩くのが個人的に最高だと思っているけど、
一般的にはとても受け入れられるものではないだろうし…。
東京や沖縄だといわゆる観光地以外に見るべき・歩くべき場所がいくらでもあったけど、
札幌の場合は今ひとつ客観的に面白そうな場所というのが思い浮かばない。
そんな事言いながら、10年以上札幌の街を撮り続けているんですけどね。

 

 

(13.08.12)

というわけで(仕事を離れた)写真ばかりの一日だったけど、
最近、写真は「趣味」と言っていいのか、あれこれと考えている。
街歩きなどは完全に趣味といってよく、そもそもカメラも街歩きのお供という感じで、
カメラなんかにあまり関心があったわけではない(今でも最低限度の機材しかないけど)。
やっぱり写真やカメラが趣味というのなら、レンズも広角から望遠まで一通り持ってるべきだろうし、
被写体を選ばず、自然風景でも花火でも「キレイ」に撮らなければならないんだろうけど、
この10年間、結局ほとんど関心が向かなかった。
もちろん、作家でもないのに今どき暗室入って、バライタプリントするなんて「趣味」意外の何者でもないし、
写真ほど多様なメディアも無いので、楽しみ方、利用の仕方は様々で何かを規定する必要は全く無いんだろうけど。
ただ、有形無形に写真を悪用しようとするのがいると、何か言いたくなっちゃうだけ。

 

(13.08.15)

色々と作業しながらも、なんとなく追憶モードな一日でした。
カッコつける言い方をすれば、写真をやってる人間なんか、数十年前も1000分の1秒も全く同等に、
常に過去と向き合っているような人種なのかなぁとも思ったり。
自分が理論化しようとしている「写真都市」はどこまでもフラットである意味で等価である、
ということを実証しようと、あれこれ考えています。
でも、森山大道さんが記した一言にすべてはまとめられているような気がします。
「過去は常に新しく、未来は常に懐かしい」

 

(13.08.15)

こうして自由にものを考えたり、好きな場所へ自由に出掛けて、
写真を撮ったりできることを感謝せずにはいられない一日です。
そもそも経済的に窮乏化して感材も手に入らない、要塞など軍事施設のある街では写真を撮る事ができない、
何より「贅沢は敵」とする当時の雰囲気の中で、自分のような人間は生きていられたのかなぁと色々思うわけです。
それでも、どんな状況でも「日常」は淡々と続いていくのかなぁと、
玉音放送が流れるラジオの前で泣き崩れる人々の後ろを、スタスタと他の人々や馬車なんかが普通に通り過ぎている光景を、毎年見ながら同時に思ってます。

 

(13.09.21)

写真展というと、外形的にキレイに作品を仕上げて壁に掛けて、
照明を当ててそれでおしまいっていう考え方をしてもいいけど(それが基本中の基本だが)、
それ以上に、見た人からのフィードバックを受け取る姿勢や、自分の作品と向き合う時間を持たないと、
展示したということにならないのではといつも思っています。
もう少し過激な言い方をすれば写真展は出展者や観客との「対決の場」であるべきなのかな、とも。
とにかく自分の作品に「責任」を果せないと、発表したことにはならないのでは。
もっとも面白おかしくやるのも大事だけどね。

 

(13.11.25)

・できるだけシンプルに、観るという体験を邪魔しないもの。
・写真の内容と具体的なプリントの方向性が一貫していること。
・「神は細部に宿る」との言葉通りディティールに手を抜かないこと
・押し付けがましくなく、なおかつ無視されがたいもの。
などということに気をつけながら、準備を進めたいと思います。
実際にはそんなことは何年かかってもなかなか難しいことなので、できるだけ近づける努力を。
そんなことを2年ぶりに開いたスティーブ・ジョブスの伝記を読みながら考えていました。
これを買ったときは「入信」間もなくだったので、適当に読み飛ばしていましたが(登場人物が覚えられない)、
林檎教にだいぶ染まってきた今読むと、新たな発見がたくさんあります。
どう頑張ってもジョブスにはなれないし、あまりなりたいとも思わないんだけど、
制作に対するヒントをたくさん与えてくれるような気がします。

 

(13.12.07)「特定秘密保護法案可決に関して」

なんにせよ震災直後の東京で感じた重苦しさを越える経験はなかなか無いだろうし、
「にも関わらず」街を撮って歩いていたのだから、
「表現の自由の圧殺だ」などと思わずに、淡々に撮り続けるしかないのかなと思っています。
萎縮や自粛などしないで、「にも関わらず」を続ける。
「明日が来るなんて 当たり前じゃないんだ メトロに乗って 変わりゆく街に出よう」
と斎藤和義さんも歌っていたし。

 

(13.12.31)

写真の世界に関して言うと、とりあえず撮らないとお話にはならないのですが、
歴史や理論など「座学」もある程度大事だと思っていて、自分の撮る写真なんて、
「全ては過去にされ尽くしたことの模倣・焼き直しに過ぎない」と思っている節もあります。
例えば「写真家」というのは、技術的な面や経済的な面のみで規定されるのではなく、
要はライフスタイル、生き様なんだと思っていて、
極端に言えば、カメラを持たなくても「写真家」であることもあり得るのかなと思っています。
もっともその前に大きな偉業を成し遂げる必要があるでしょうが。