(05.10.29)

さしずめの命題は「写真に言葉は必要か」ということです。
僕はただ適当に「無題」とか言っちゃうのがとても嫌いだが、
言葉のイメージで作品を規定してしまうのも非常に危険なことだと思う。
言葉のイメージが、
強すぎると表層的、
弱すぎても興ざめ、
となってどちらも写真をダメにしてしまう。
もちろん見せ方その他も重要な要素であって、これも今回の反省点に大きく含まれている。
とりあえず、今の表現方法はずっと持っていたいと思っている。
どんなことでも10年続けていればそれなりにモノになると思うからである。
それに、今のプリントはある意味、今の僕にしか出来ないものかもしれないとも思っている。
その上で、様々な表現方法を見につけ、自分の中に沢山の引き出しを作っていくことも大事なことである。
具体的には、カラー写真、デジタル写真などである。
とにかく続けることが大事ではないか。
おそらく、写真を全く撮れなくなる日は来ると思う。
それを乗り越えないと多分本物ではない。
実は、人生に絡めて考えているから余計に面倒なのである。
経済手段として、生涯の趣味として。
現在、写真のない人生は全く想定していない。
そうなると、尚更生半可な態度で向き合うことはできないだろう。
もっとストイックにやらないとダメだ。
どうして僕の写真は黒いのか、
コントラストが高いのか、
不安定さをその要素に抱えているのか、
考え出すとキリがない。