(15.01.14)
http://kobe117shinsai.jp
まもなくで阪神淡路大震災から20年。
それを受けてか先月に開設された記録写真のアーカイブス。
もし自分が住んでいる街でこんな大災害があったら、

果たしていつものように冷静に「記録」できるだろうか。

(15.02.27)
正確な定点観測ではないけど、
2001年と2015年の大通西4丁目を写したもの。
あまり強く意識していなかったけど、少しずつ街を撮り始めた頃。
街並みの変化も結構なものだけど、もしタイムマシンに乗って昔の人に、
拓銀は無くなると言っても信じてもらえないんだろうな。


(15.02.25)
そういえばもう過ぎてしまっていたけど、2008年2月6日から2月11日は初めての個展、
それからもう少しすると直近の個展から1年。
この数年で失われたものでまとめてみます。
自分に関わる写真その他の事柄をちょっと整理したいなと思っている今日このごろ。
久しぶりに暗室に入って写真を焼きたくなったのだけど、
今ならここまでコントラスト上げないだろうし、
結局有言不実行だろうなという気はしている。


(15.03.11)
(1)
昨年シェアしたものをもう一度。
仕事とかは別として、基本的に写真を撮りたくないときは撮らなければいいんだけど、
この日々だけは撮らなければ、それも出来るだけ日常に近い形で虚勢を張って、
と強く思ったものです。

こう客観的に見るといつものスタイルと全く変わらないんだろうけど、

自分にとっては全く別の色に見えるのは、

やっぱりこの日々を忘れてはならないという思いがあるからかな。
かつて暮らしていた福島県の思い出の場所が失われてしまったことを除くと、
個人として震災による直接的な被害は全く受けなかったのだけど、
特に何も出来なかった負い目みたいなものは年々深まっているような気がしています。
あれから4年経って、連呼される「絆」というワードに反比例して、
社会全体がギスギスしだしたというか、
人々の溝が修復不可能なレベルに深まっているような感じもしていて、
別の意味での破滅が来るのかなという気もしています。

決して復興そっちのけで原発再稼働やら軍事国家化ばかりに熱心な宰相に限った話ではなく。
なんか、話が逸れてしまいましたね…。

(2)
2011年3月6日。東武伊勢崎線堀切駅。
東京で過ごした最後の休日らしい休日。
結果的に妙に印象深い日曜日になってしまった。
前日は新宿で友人達に送別会をしてもらって、
そのうち一人は立石の自宅に泊まって、

翌日は連れ立って、立石・八広・鐘ヶ淵・北千住と撮り歩く。
3月20日までの業務だったので、週が明けて月曜日からは引き継ぎなど。
ある程度まとまったかなという金曜日に大地震。
東京も震度5強の揺れだったけど、オフィスは大被害とまではならず、
「いやぁ揺れたねー」なんて笑っていて、
隣のビルのガラスが割れたなんて話を聞いたくらいで、
あんな被害になっているとはすぐには思えなかった。
てっきり東京の近くが震源かと思っていた。
夜になっても電車は動かないし、時間が経つに連れて、
どうやら大災害だということがわかってきて、
不安な思いで日本橋から歩いて帰宅。
その後のことは当時のブログに。


(15.03.18)
写真家は誰でもなれるけど、職業的カメラマンになるには、
好き嫌いしないで何でも一定水準以上にしないと意味ないもんな。
なかなか写真家から進化できないけど、
だからと言って出来れば生きるのをやめたくないので色々考えてしまう一日でした。


(15.04.23)
引き続きアーカイブ作成のため今夜は200枚ほどスキャン。
何もカロリーは消費しないはずだけど妙に疲れて、この時間になってかなりの空腹感。
でも、古い写真見て次々と取り込むのは、

過去に戻ってシャッターを押しているような感覚にもなって、

色々思い出されるので、なかなか止め時が見つかりません。


(15.04.25)
ひとまず春のスキャン祭りは終了。
色々思い出したり、再発見があったり、でも明らかに抜けている期間もあるので、
新たに発掘されたりするんだろうな。

最初は今月中にまとめようなんて思ってたけど、これでは今年中に終わるかどうか…。
見返してみると撮り方や被写体とかに、
「明らかに潮目が変わったな」という瞬間があって、
他の誰かがしてくれるわけもないので、独自研究を続けようと思います。
でも日付変わって今日は暇になってしまったので、どこか撮りに行こうかな。


(15.05.06)
大体調子も戻ってきたし、街を歩きたい欲求も高まってきたので、
昨日は創成イースト(好きな言い方ではないけどあの辺りを指し示す言葉としては便利)の街を歩く。
個人的な「創成イースト」の定義は、
創成川より東、国道36号より北、函館本線より南、東8丁目通より西のエリア。
近年はタワーマンションも増えてきたけど、
再開発の動きは思いのほかゆっくりで、

昔ながらの街並みも残る、撮り歩いていて「ハズレの無い街」。
半日歩いて670枚撮ったから、いつもの3倍くらいの勢い。
全然規模は違うけど、「創成イースト」を無理矢理他の都市に当てはめると、
東京の深川のような、ニューヨークのブルックリンのような、
ロンドンのイーストエンドのような(深川以外は行ったことが無いけど)。
これらと同じく札幌にもちょっとしたエスニックタウンもあったりで、
そういう見方で街を歩くにも面白い。

こうして自分が撮り歩いて楽しいからという理由でも十分なのだろうけど、
なんで写真に関わっているんだろうな、なんてことを思いながら歩いた一日でもあった。
まだ撮るだけなら個人の楽しみでいいんだろうけど、
それを写真展などで発表する意味とは何かとも。
かつてある友人は「自己満足」と答えて、だったら自分の部屋に貼れやとも思ったけど、
今まで自分が言ってきた「記録のため」という大義名分も実は怪しいものかもしれないし、

功名心とか社交のために写真を利用するというのが個人的にはどうしてもイヤなので(もちろんそういう機能は否定しないけど)、
案外「自己満足」が着地点かなとも思い始めている。
色々矛盾を感じつつ、今年も発表は続くんだろうけど。

そうなってくると、「写真技術・技巧の向上」なんてしない方がいいんじゃないかという、
ある種ピューリタニズム的、原理主義的なことも考えつつ、
如何に自分の名を残さずに「作品(便宜的にこの語を使うけど)」だけを残すことはできないものだろうかと、
ワケの分からない袋小路にも迷い込んでしまう。
これは写真の最大の機能の一つである「アノニマス(匿名)性」の出番かもしれないけど、
発表する以上は自分の責任でとも考えていて、また色々と難しくなってきたので、
構わず撮り続けるしかないか。


(15.06.18)
いつまで経っても、小樽で撮ろうとすると、
何だか落ち着かなくてモノになった試しがない。
住んでみないとちゃんとは撮れないんだろうな、と諦めの言い訳をしつつ、
札幌に戻って再び撮り始めると、心が明るくなって、

日が暮れるまでどこまでも撮れるような気がする。

「札幌の街は広く、うんざりするほど直線的だった。
僕はそれまで直線だけで構成された街を歩き回ることがどれだけ人を摩耗させていくか知らなかった。」
と村上春樹は書いたけれど、
僕としては、あのどこまでも見通せる街路を見ると、途端に調子を取り戻せして、
あまり心迷わずに撮ることができる。
もっともいつも通り出来はよくないかもしれないけど。


(15.07.18)
今回もなかなか敵を増やしてしまいました。
政治的その他の思想は偏っているという自覚は少しはあるし、
別に改善する気も異論を聞く気も全く無いのですが、
それはそれとして、こと自分の写真についてはどうも、
考え方というか思想が全く見受けられません。
分析したら色々出てくるんでしょうけど、
色も味も無いというか、
少なくとも撮っている人間は何も考えずただシャッターを押しているだけのように思います。

もちろんそれでいいとも思っていなくて、
近日中に自分の写真のコンセプトをテキストその他にしなきゃいけない用事があって、
あれこれ悩んでおります。
間がいいのか悪いのか先月と今月は撮影続きだったり、他に考えたいことがあったりで、締切間際に焦っている次第です。

また来週末まで忙しいしなぁ…。
でも資料探しに文化資料室のデータベースを見ていると、
なんだか心にじんわりとくる写真に出会ったりして、
この辺の感情を軸にすれば少しこれからの道が見えてくるかなという感じはしています。


(15.08.05)
果たしてその成果物を公開できるのかは全く分からないけど、
とりあえず必要があったので、今日は公文書館で古い写真をひたすら複写。
デジタル化されたデータからプリントアウトされたものも少なくはないのだけど、
今までWeb上のデータベースや、
出版物などでしか見たことのなかった写真の生プリントや明治時代の写真帖などを手にすると、
荒んだ心も癒やされるというか、気分が高揚してきます。
色々な書物にも出てきてイメージしやすいかと思うのですが、
特に田本研造が明治4年秋に撮った札幌市街地(の予定地)の生プリント(もちろん原版ではないだろうけど鶏卵紙!)は、
お気に入りのアイドルの生写真を引き当てたような気分で、
若干不気味な笑みを浮かべていたかもしれません。

アイドル生写真というと変な例えかもしれないけど、
田本研造は自分にとっては崇拝すべき、いわばアイドルみたいな存在。
それから明治から大正時代の写真帖を見ていくと、
札幌市の代表的な神社や公共施設、工場や商店などが、
図鑑のごとく淡々と並べられていて、
「やっぱり札幌こそ『写真都市』なんだなぁ」と自分の針路にも重ねつつ、
黙々と複写をしていました。
予定していたよりも早く終わったので、一休みしてから街を撮り歩く。

2,3時間みっちり歩いたのは5月以来だろうか。
折しも猛暑日ではあったけど、久しぶりということもあって、
すすきのを中心にあれこれ撮っていました。
何はなくとも、とりあえずすすきのを歩けば、色々面白いものがセンサーに引っかかる。
いつもと違うカメラとレンズだったので尚更。
他の街に比べて何倍もカット数は多くなるのですが、
写真展となるとその殆どがセレクトから漏れてしまう。
すすきのらしい理由があるのかもしれないけど、その辺はまだよく分かりません。
釣果はなかなかだったけど、ともあれこれからゆっくり整理をして、
今年の札幌の街で撮った写真の決算は11月頃にでも。


(15.08.06)
あまり遠くに出歩く方ではないですが、
日本の中で撮り歩きたいと思っている街がいくつかあって
(幸い那覇市は2年前に実現したけど)、広島市や長崎市もそのリストに入っています。

特に広島は高校の修学旅行(2003年)で行っただけで、
こんなどうしようもない写真しかないので
(あまりにしょうもないのでモノクロで誤魔化してみました)、
路面電車に乗りながらみっちり撮ってみたいと思っています。

今年はどうだか分からないし、機会があれば早いほうがいいんだろうけど、
例えば原爆投下後80年の2025年だと自分はちょうど40歳か。
その頃に再びあの過ちを繰り返す日本であってはほしくないけど、
昨今の状況からするとどうも信用ならないですね。
まあ、そういう非国民な発言はさておき、
広島くらいの規模の街がどうも自分には合っているみたいで、
写真にすればそれなりのものになるんじゃないかという期待もあります。

(15.08.27)
さっそく今回の写真展について少し考えてみました。
自分の写真は割と何でもいいけど、
「グループ展」をやる意味ってどの辺にあるのかなというのが今回のテーマ。
あんまり強力なテーマやレギュレーションで縛るのは適切ではないかもしれませんが、
単なる割り勘互助会というか、またあまり野放図なのも良くないなぁとも思っていて、
なかなか難しいところです。

かくいう自分もいくつかグループ展のようなものを企画したことがあるけど、
これがなかなか難しくて、満足いく結果を出せたことがありません。
写真のことではなくて、実際的な損得勘定の話になってくると、
たちまち心を閉ざしてしまいますので非常に面倒なものです(笑)。
つまりは政治のできる人間でないと務まりませんね。
ともあれ、いつも自分は大抵は好きなものを好きなだけ(受けは良くないでしょうが)出せているので恵まれた環境にあるなとは思っています。


(15.09.03)
中平卓馬さんの訃報。
大学入った頃に「来るべき言葉のために」を見て大いに衝撃を受けた。
森山大道さんと共に自分にとって写真の入口にいた人だった。
手元にある図録には収められていなかったけど、
辻堂の団地を撮った写真が特に好きだったな。

あの暴力的なまでの激しいモノクロ写真には憧れていたけど、
テキストは難しすぎてさっぱり。
でも、詩人でもあったので言葉の並べ方はさすがと思った。
最近になって「植物図鑑」の意味が少し分かってきたところだったけど、
いやはや上手くまとまらないな。

これからも向こう側で「Provoke」してくれたらなと思います。



(15.10.13)
さて、次の写真展の候補作をざっと200枚弱セレクト。
いつだってセレクトは辛い作業なんだけど、今回もなかなか絞り切れません。
どうせいつものと同じようなのだろと言われたら、
まったくその通りで、こうしてここでボツを掲載することである程度満足している部分はあります。

そういえば先日、テラウチマサト氏に作品の添削を受けた時に、
「フォトジェニックな写真とは、暗号が隠されている」という意味のコメントを頂いたので、
それも頭に入れつつセレクトもしてみたけど、自分の写真は見事に表面的で薄っぺらいというのが、
逆に明らかになって開き直ろうかとさえ思っています。

そうはいいつつも、写真は究極に具象的なものでも抽象的なものと考えるから、
無意識的にも何かしらのメタファー(暗喩)は含まれるかもしれないし、
それを意識しつつ、写真を撮ってみたり、人の作品を読み取ろうとすると非常に興味深いものではある。



(15.11.29)
昨日は旭町から川を越えて大通まで撮り歩き。途中、強い霰に降られる。
冬の最初と最後しか撮る気が起こらないので、雪の季節の写真はいつも極端に少ない。

札幌という都市をほぼ専属で撮っていてそれでいいのかという疑問はあるけど、
鬱々とした感じを表現するのもしんどいし、
いつものように何とかやり過ごそうと思います。