写真都市

Yasushi Ito Portfolio Page

2015-02 郷愁の東京(2015年2月撮影記)

2015年2月27日から29日までは東京へ。
今回の目的は写真展巡りと街歩き撮影で、
純然たる旅行は2013年2月の沖縄以来の2年ぶりである。

東京へは仕事の関係で本州に引っ越した2008年3月以来よく行くようになって、
また2009年11月から2011年3月まで葛飾区に住んでいたが、
それっきりで以降約4年は全く訪れていなかった。
特に行く理由も行かない理由もなかったのだが、ようやく東京に心が向いてきて、
自分にとって変わったものがあるのか、ないのかというのも気になるところだった。
以降、印象などを記してみたいと思う。

27日は早朝に札幌を出て10:30頃に成田空港へ。
成田空港は初めて利用したけど、
京成本線を利用すると都内まで1時間くらい(スカイライナーならずっと早いが)。
滞在する場所などにもよると思うけど、やっぱり羽田と比べると遠いかもしれない。

京成本線の千住大橋駅で降りる。
ここから20分くらい歩いてまずはホテルにチェックイン。
南千住、いわゆる山谷のドヤ街にあるホテルだが、
ホテル自体は現代的で女性や外国人の姿も見える。
もちろんドヤ街らしさも各所にはあるのだけど、
この地域の様子も昔とは変わっているのかもしれない。

チェックインしたらすぐに日比谷線と山手線を乗り継いで品川まで。
キヤノンギャラリーSにて森山大道「遠野 2014」を見る。
いかにもカメラメーカーによる企画という感じではあったが、
おそらくもう見られないものだろう。
八ツ山橋の方を回って昼食にしてから再び山手線で次は原宿まで。

神宮前にあるギャラリーでもう一つ森山さんの展示を見ようと思ったが、
この日は休廊であった。
また翌日行けばいいかと思っていたけど、結局そのままになってしまった。
地下鉄で乃木坂に移動。
駅周辺を少し撮りつつ、TOTOギャラリー・間まで。
「TANGE BY TANGE 1949-1959 丹下健三が見た丹下健三」を見る。
これは丹下健三が設計した建築を自身で撮った写真が展示されていて、
普通の写真展ではなく、撮ったフィルムをそのままインデックスにした、
「ベタ焼き(コンタクトシート)」の形態で展示されている。
そのシートには使うべきカットやトリミング指示のメモが書き込まれている。
ベタ焼きだと撮った順番そのままに、また失敗してしまったコマも全て入るので、
どういうアプローチで自身の建築に迫って残そうとしたかというのが克明になる。
写真家など含めて通常なら公開するものでもないので、
特に写真を撮る身からすると考えさせられることが沢山あって、
今回の旅行で最も印象的な展示となった。

また地下鉄を乗り継いで新宿御苑前駅まで。
自主ギャラリーである「PLACE M」で写真展を見る。
そこから新宿3丁目・新宿駅東口と撮り歩いたが、
歌舞伎町では客引きがやたら多くて早々に撤退してしまった。
以前は客引きの数も少なくて、
カメラ持って歩いているような人間はスルーしてくれたものだが、
その辺の雰囲気も変わってしまった。

この日は1月にしては暖かい最高気温15℃だったのでコート無しで歩いていたが、
さすがに日が暮れて何時間か経つと肌寒くなってきたので、
新宿を離れて山手線で大塚、都電に乗り換えて終点三ノ輪橋まで乗り通して、
22:00頃に宿に戻った。

2日目の28日は9:00過ぎにまずは浅草まで。
この時間ならまだ観光客もいない。
浅草・稲荷町・上野と銀座線の駅の風景など撮りつつ、赤坂見附まで。
弁慶濠の風景が見たかったのだ。
以前はここに威容を示していた赤坂プリンスホテルはもう無い。

続いて丸ノ内線の四ツ谷駅まで。
その前日も日が暮れてから訪れていたが、
天気が良かったので改めてこの駅のプラットホームの様子を撮りたいと思った。
丸ノ内線は地下鉄だけど、東京の起伏のある地形を忠実になぞっていて、
ここ四ツ谷駅はトンネルを抜けて空堀の中にある格好になっている。
ホームからは上智大学のグラウンドや赤坂御用地の緑があって、
遠くには高層ビル街が望める。
駅のある地形や周辺の佇まいが好きで、以前もよくここで撮っていた。

南北線に乗り換えて後楽園駅まで。
ここも丸ノ内線の駅でここはトンネルを抜けた高架の上に駅がある。
駅ビルの中で昼食にして、春日・茗荷谷周辺の街を撮り歩く。
山の手らしい坂のある街は楽しいものだが、
知らず知らずのうちに体力は削がれるもので、
そのまま関口まで歩こうとも思ったが、
茗荷谷駅から池袋駅を経て江戸川橋駅まで地下鉄で移動した
(これはこれで面倒だった気もするが)。

江戸川橋駅から崖を登って椿山荘の名園へ。
このホテルのロビーでは私が所属する写真クラブの同人である大住哲さんの展示が行われている。
札幌にある歴史的建造物の壁や窓といったディティールが作品テーマとなっていて、
以前から拝見していたが、ここ東京で見るとまた新鮮で様々なインスピレーションを得た気がする。

椿山荘の向かいには東京カテドラル・聖マリア大聖堂がある。
この聖堂は丹下健三の最高傑作と思っていて、再会に心癒される。
撮影することはできないが内部の構造がまた神々しい。

江戸川橋駅まで戻って有楽町線で麹町駅まで。
半蔵濠・千鳥ヶ淵と皇居の外縁を歩いて国立近代美術館まで。
この時点で閉館1時間前の16:00であったが、
目当ての「奈良原一高 王国」のオリジナルプリント展の他にも、
当然ながら常設展にも見るべきものは多くて、
閉館時間ギリギリまで駆け足で見ることとなってしまった。

この辺りで日が暮れて、もうクタクタではあったが、
渋谷の様子を見ておきたかったので東西線・銀座線と乗り継いで終点渋谷まで。
銀座線の渋谷駅は地上3階にあって繁華街を横切るような高架線になっていて、
それを撮りたいなと思っていたが、
いつの間にやら渋谷ヒカリエの連絡通路が覆いかぶさるように出来てしまったので、
思ったようなカットは撮れず、
宮益坂下からスクランブル交差点のあたりを少しだけ撮って再び銀座線で逆戻り。
渋谷駅には東横線の地上ホームは既に無く、
何年にも渡る再開発事業の途中で次に訪れる時はまた全く違う姿になっているのだろう。

この辺で完全に電池が切れてしまったので、
銀座で見ようと思っていた写真展はやめにして終点浅草まで。
六区のあたりを抜けてつくばエクスプレスで南千住まで。
戻ってからもすることがあったが、日付が変わる頃には寝てしまった。

最終日29日は通勤客と一緒にバスで浅草駅まで。浅草線に乗り換えて押上駅へ。
スカイツリー完成前の押上しか知らないからその変貌ぶりには若干の混乱さえ覚える。
この日は特に目的地を定めず、時間の許す限り墨田区・葛飾区のよく訪れた街を歩き回ろうと思った。
スカイツリーを少し離れれば、そこには変わらない墨田区の街並みが続いている。
特に京島地区は奇跡的に戦災にも再開発事業にも遭わなかったところで、古い建物が大変多く残っている。
狭い路地や商店街にも独特の活気があって、何時間撮り歩いても尽きることはないのだが、
それでは収拾がつかなくなってしまうので、後ろ髪引かれる思いで後にして曳舟まで。
東向島にあるカフェでまたクラブの同人の方と会う。

このまま永井荷風「濹東綺譚」の舞台になった玉ノ井(東向島)の街を撮りたいと思ったが、
時間が無いので東武電車に乗って曳舟から3駅、荒川の堤防の下にある堀切駅へ。
山小屋風の小さな駅舎が特徴的で何だか物語が始まりそうな非常に画になる駅。
小津安二郎の「東京物語」の舞台の一つでもある。
駅前にはラーメン屋が一軒あるのみで、非常に利用者数の少ない駅だったが、
つい最近に近くの中学校が大学に変わったようで学生の姿で電車の発着する時だけ賑わうようになった。

堀切駅から荒川を挟んで向こう側には首都高速の堀切ジャンクションが見える。
ここは首都高有数の渋滞ポイントでこの日も大型トラックなどがノロノロと走っていた。
この辺の雰囲気は東京で最も好きなものである。

とあまり感傷に浸る間もなく、
再び東武電車で押上に戻って京成電車に乗り換えて京成立石駅まで。
立石はかつて暮らしていた町でそれこそ思い入れも沢山あるのだが、
かつて訪れた店を覗いたり、暮らしていたマンションを眺めるような時間は全く無くて、
駅周辺の商店街や今にも崩れ落ちそうな「呑んべ横丁」をさらっと歩いただけ。
おそらく都内で一番の下町らしい町である立石はその日も賑わっていた。
京成の高架化に伴って再開発も計画されているが、反対運動も根強く、殆ど進行していないよう。
おそらくこの町をどこにでもあるような小奇麗な町にしてしまえば、
立石には何も残らないんだろうなと勝手に思っている。

すぐに電車に乗って隣の四ツ木駅まで。
この駅も荒川のすぐそばにある。
少し歩いて荒川の土手へ。
ここが今回の旅の最終目的地で、東京で最も好きな場所である。
木根川橋の上から眺めると川の広さが圧倒的で、堤防に阻まれた街並みの印象は薄く、
おおよそ「東京らしさ」からは最も離れた風景なのだが、
ここに一番惹かれるというのは暮らしていた頃と全く変わっていない。
それが何故なのかすぐには分からないが、自分の考えていることに近いものとして、
永井荷風の随筆「放水路」(荒川は昭和40年まで荒川放水路と呼ばれていた)から
荷風が放水路の眺望に喜び、どこまでも歩き続ける理由について記した文章を引用したい。

「わたくしが郊外を散行するのは、かつて『日和下駄』の一書を著した時のように、市街河川の美観を論述するのではなく、また寺社墳墓を尋ねるためでもない。
自分から造出する果敢ない空想に身を打沈めたいためである。平生胸底に往来している感想に能く調和する風景を求めて、瞬間の慰謝にしたいためである。
その何が故に、また何がためであるかは問詰めらても答えたくはない。唯おりおり寂寞を追求して止まない一種の欲情を禁じ得ないのだというより外はない。」

川を眺めながら木根川橋を渡って再び墨田区へ。
急ぎながら八広駅より押上駅に戻って、アクセス特急で成田空港まで。

思い入れのある場所ばかり歩いたせいも大きいかもしれないが、
決して長い間はいなかった東京に懐かしさを感じるのはどうしてだろう。
時間はそれなりにあったはずだが、感情を反芻する間もあまりなく、
気付くと新千歳空港に戻ってきてしまった。